読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

しあわせへの道しるべ

しあわせは語ることではなく、味わうもの。

だから人それぞれ。共通の物差しはない。

私は私の物差しで測る。

あなたの物差しで私は測れない。

それを忘れないで。

そうすれば、この世界はもっと住みやすくなる。

私は私の物差しで私の世界を描くのだから。

すべての人はパラレルの世界を生きている。

交わることはある?

君の名は。のような形でしか交わることができないのかもしれない。

社会への関わり方

社会は象徴的なものが流通している。その最たるものはお金。単なる紙に特定の価値を付加し、承認することで流通している。

個人の自由にはならないもの。

そんな象徴的なものを個人がいかに掴み取るか。その方法さえ手にすればいい。その方法はたくさんある。

自由に合った方法を見つけ、社会の中で流通しているものをその手で自在に掴む。

それを使って社会の中で流通させればいい。そこには人の数だけ方法はある。

そう考えると見え方が変わる。


自分にやさしくする

人は社会の中で生きていく。そのために必要な知識やルールを教えられる。それがフロイトのいう超自我の核となる。

社会の中で生き易くするためのことではあるが、それが逆に個人の自由に生きたいとの想いを制限する諸刃の刃でもある。

うまく適応するはずが、いつの間にか自らの心を疲弊させ、やがて適応することにも疲れ果てる。それらのバランスが上手く取れなくなった結果でもある。

そんな時は、自分に厳しくなっている。

だからこそ、自分にやさしくなることが必要。

自分を許してあげる。

そんな時にいう言葉がある。

「今はこれでいい」

何度も何度でも自らの心に言う。

慰めるでもなく、褒めるでもなく、ただ今はこれでいいんだと言ってあげる。

そして、鏡に向かってにこっと笑顔を見せる。

それだけ。

 

好奇心をそそる

子ども時代に自発性を育てる環境を与えられた人は、興味を持ったことには積極的に参加することができる。これは当然。

自発性を何らかの要因で育てられなかった人は、自らのやりたいことが分からなくなるようだ。それが一番表面化する時期が思春期。

自発性を育てるには、好奇心が必要。

好奇心を一番育てやすい環境は、何といっても自然の中だと考えている。

気づき

それは突然やってくる。

他者と会話をしていると、それとは全く関係のない話をしている時、それはやってくる。

まさしく降臨したとでもいえるかのようだ。

意識の隙間をぬって突然頭を持ち上げてきたかのようだ。

交わるはずのないパラレルワールドが、突然瞬間交差したかのように。

君の名は。の世界にも似て。

 

 

疲れないために

人はどんな時に疲れるのか?

目眩く過剰な刺激に晒されることに耐えられなくなった時に。

人それぞれ五感に受ける刺激の許容量というのがあるらしい。それを超えた時、あるいは心が傷つくことに耐えられない時。

そんな時には五感を遮断する。

最後に残るのはどうやら視覚。

これはラカンのいう鏡像段階と関係があるようだ。

 

 

 

今夕から関西出張

今夕から大阪市和歌山市へ出張します。

面談の他に「精神分析活用講座」「鏡の段階講座」「フリートーク」も開催します。

フリートークのテーマは『納得と固執』。

フリートークは予約なしで参加できます。

9日まで滞在予定です。